世田谷世田谷今昔物語

烏山エリア - 北烏山2

北烏山3丁目

烏山北住宅

高い給水塔が目立つ烏山北住宅は26号棟まであるようだ。14号棟にあった京王ストアは閉鎖されたようだ。


北烏山3丁目1住宅地図
烏山松葉通住宅

昭和30年後半にできた烏山松葉通住宅は今でも健在。かつてはこの団地には二つの烏山川が流れていたが現在はどちらも暗渠化されている。

北烏山4・5丁目

烏山寺院
多聞院

千歳烏山駅から商店街を抜けると、それまでの住宅地然とした景色が一変する。ここが"世田谷の小京都"と呼ばれる烏山寺町。1923年の関東大震災から復興するために東京都で大規模な区画整理が実施された際、浅草、築地、麻布などにあった寺院や墓地が烏山へ移転。様々な宗派の寺院が建ち並ぶ寺町が誕生した。近年は周辺に住宅も増えてきた

・多聞院(たもいん)
中央道の高架をくぐってすぐにある、真言宗の「多聞院」。戦後、新宿駅周辺の副都心計画により1954年に鳥山へと移り、寺町へ一番最後に移転してきた寺院とされる。境内に残されている、お釈迦様の足の裏を彫り込んだ仏足石が有名。御府内八十八ヶ所霊場3番札所、玉川八十八ヶ所霊場44番札所である。
・妙祐寺(みょうゆうじ)
インド様式風の建築が寺町の中でも異彩を放つ『妙祐寺』。鎌倉時代後期の創立といわれており、江戸時代初期に中興されたものの、戦災に遭って渋谷より鳥山に移転してきたという。中興の僧、了頓は菅原道真公の末孫のため、本堂に道真公の家紋が飾られている。
・幸龍寺(こうりゅうじ)
徳川家康がまだ浜松城主の頃、徳川家の祈願寺として開山。徳川の江戸入府に伴い神田湯島に移転、後に浅草へ移り、震災後に鳥山に移転。かろうじて震災を逃れた山門、清正公堂が歴史の片鱗を覗かせている。また、国歌で歌われる「さざれ石」も境内に鎮座する。
・妙寿寺(みょうじゅじ)
寺町界隈では大規模な存在の『妙寿寺』。境内には江戸中期に鋳造され、関東大震災において当時の深川(現在の江東区)で火災に遭ったという梵鐘が今も残されている。また、木造3階建ての客殿は、明治期の蓮池鍋島子爵邸の一部を移転したものだ。

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