世田谷世田谷今昔物語

経堂エリア - 経堂(きょうどう)1

「経堂」はこの界隈の中心をなす町である。名前の由来は、江戸時代の開墾の頃、関東にはない京風のお堂が建っていたからという説や、お経を納めた石室の上にお堂を建てたからという説、医学書を土民が経本と間違えたことなど諸説ある。漢方医、御殿(典)医・松原土佐守弥右衛門はその屋敷(現在の経堂一丁目)に僧を迎えて寺・福昌寺を造った。いわば、御殿医寺である。ここには小田急線の主要駅「経堂」があり、その周辺は昭和30~40年代から繁華な商店街を形成していた。映画館も東洋映画(東洋劇場という資料もある)と経堂南風座の二軒あって賑わった。

経堂1丁目

経堂駅南口住宅地図
昭和34年経堂駅南口
経堂駅南口

経堂駅南口から伸びる約400mの通りは「農大通り商店街」で、人通りはもっとも多く、「ハートフルなおもてなし」をモットーに美味しい飲食店が充実していると評判。かつての商店がビルに変わも、農大通り商店街が主催する「経堂まつり」は阿波踊りやサンバが登場し、盛大なことで有名。赤丸で囲ってあるところはWEB上では見えないが「世界堂・経堂支店」と読める。現在の世界堂CD店は閉店しているようだ。経堂ストアーは複合ビルになっている。「福昌寺」は経堂のシンボルというべき寺。

経堂2丁目

経堂駅北口住宅地図
すずらん通り
経堂コルティ

かつて経堂駅の北側には広大な車庫と検車区が広がっていた。現在はその部分は経堂コルティというショッピングセンターになり、その中にOXストアー(Odakyu OX)が入り、元のOXストアーがあったところはバスターミナルになっている。北口のすずらん通りは当時から無数の商店数。

経堂3丁目

経堂3丁目

現:3丁目22~25番地は旧経堂町になっていた。まだ新住居表示が遅れていたのだろうか?

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