世田谷世田谷今昔物語

上馬エリア - 野沢(のざわ)1

この上馬と下馬の間にある「野沢」は、もともとは下馬引沢村の一部で、江戸期前までは原野だった。江戸初期にここを開墾した者の中に、今の大田区にあった沢田という村の次郎右衛門という百姓がいた。この次郎右衛門にはもと野村という姓があったことから、開拓者の名・野村と出身地の名・沢田が合わさって野沢になったいう。また、開拓者の名が野村、と沢田だったからだという諸説ある。

野沢1丁目

野沢1丁目3住宅地図
青葉学園野沢こども園

現:3番地、2007年に出来た「青葉学園野沢こども園」あたりは当時は空地だったのだろうか。

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野沢1丁目30住宅地図

現:30番地にあった「老人ホーム いこいの寮」。当時の地図を見てもほとんど見かけなかった「老人ホーム」という呼び名。老人福祉法が制定されたことがきかっけ「特別養護老人ホーム」という名前が最初に使われたのは昭和38年のことだったようです。滝の湯と共に現在は住宅が建っている。


野沢1丁目32住宅地図
日大農獣医学部東京校舎7号

現:32番地にかなり大きな建物の「赤羽」があった。個人宅なのか工場なのかは不明だ。跡地に入ったであろう「日大農獣医学部東京校舎7号」も老朽化、解体予定で「日本大学認定こども園」になるという。

野沢2丁目

野沢2丁目7住宅地図

現:7番地にある野沢ハイムが出来る前は外国人の大邸宅らがあった。「野沢ハイム」は昭和42年築だそうだ。7階建て、85戸の大きさで当時、かなり目立つ存在だったのではないか。

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